2020年5月、緊急事態宣言が徐々に解除されていく中で、新型コロナウイルス感染拡大に伴う不安や自粛生活が一般市民の心身の健康にどのような影響を与えたかを明らかにするために、合同会社実践サイコロジー研究所の出資を受けて、研究プロジェクトが発足しました。

本プロジェクトの一環として、5月末に1500名の方を対象にWeb調査を実施し、その成果を、Asia Pacific Journal of Public Health に短報として報告しました。

A Foundational Assessment of the Effects of the Spread of COVID-19 Virus Infection and Related Activity Restrictions on Mental and Physical Health, Psychological Distress, and Suicidal Ideation in Japan
(訳:日本におけるCOVID-19感染拡大とそれに伴う活動制限が心身の健康、心理的ディストレス、自殺念慮に与えた影響の基礎的な評価)
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/1010539520965449

調査内容は、自粛の程度や解雇・廃業などのストレスイベントの経験、気晴らしとしての読書などのコーピング行動、部屋の間取りや近所の施設などの居住環境に関する項目と、心身の健康、心理的ディストレス(メンタルヘルス不調)、自殺念慮の程度に関する心理尺度などです。

調査にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。本プロジェクトでは、継続的な調査を予定していますので、引き続きご協力いただけるとありがたいです。
(※追跡調査であり、新規の調査は今のところ予定しておりません)

今回は調査結果の報告を兼ねて、現在重要課題となっている自殺予防のための支援について考えたいと思います。


全国自殺相談窓口一覧(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_info.html


最近、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあってか、例年よりも自殺者が多いことがニュースなどで取り上げられています。

実際に厚生労働省が発表している「警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等」(https://www.mhlw.go.jp/content/202010-sokuhou.pdf)を見てみると、令和2年10月の自殺者数は対前年同月比において約40%増加していることが分かります。男女別にみると、対前年同月比で男性は約20%、女性は約80%増加しています。

一方で4月から6月の自殺者数が例年より大きく減少していたこともあり、累計自殺者数は対前年比において約1%増加に留まっています。しかし月別自殺者数の推移のグラフから、今後も自殺者が増加する可能性がうかがわれ、対策が急務です。

経済状況の悪化に伴う失業率の増加が自殺の増加と関連しているということはしばしば言及されています。今後、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長引き、場合によっては、再度緊急事態宣言が出されるようなことがあれば、飲食業を中心として廃業を選択する事業主が増え、失業者が益々増加することが懸念されます。一方で、感染者の増加に伴い、医療崩壊が起これば、適切に医療が受けられずに亡くなる方も出てくる可能性があります。米国では驚異的な速さでワクチン開発が進んでいるという明るいニュースもありますが、まだまだ予断を許さない状況であるといえるでしょう。

今回の研究プロジェクトの成果は、自殺予防の観点でも、有益な情報を提供していると言えます。まだ予備的な解析結果しか報告されていませんが、心理的ディストレス(メンタルヘルス不調)および自殺願望が高いグループの特徴として、「その他の性(男性、女性以外)」「独身(未婚)」「感染拡大前の世帯年収200万円未満」「自分の新型コロナ感染疑い」「直近1週間に感染者との接触疑い」「感染拡大時に人との距離を保つことをしなかった」「身体疾患や精神疾患の罹患」などが認められました。また、自殺願望のみが高いグループは、「無職」「独身(離婚・死別)」「感染拡大後世帯年収が200~399万円」「同居の大人が1人もくしは5人」「同居の18歳未満の子の数が0人」「同居の未就学児の人数が3人」「直近1週間に感染者との接触あり」「高リスク者と同居」という特徴を有していました。

これらの特徴は必ずしも字ずら通り受け取れるものではなく、例えば、「同居の18歳未満の人数が0人」というのは、「独身」と重なっている可能性があります。しかし、このような結果は、上記のようなグループに対して重点的に支援を行っていくことにより、自殺者を減らせる可能性があることを示唆しています。具体的には、世帯年収の低い人たち(200万円未満、400万円未満)に対して速やかに経済的支援を行うと共に、感染や感染者との接触が疑われる方が、すぐに相談できる体制を整備する必要があると考えられます。

新型コロナウイルスに関しては、感染者自身や直接治療に当たった医療従事者のメンタルヘルスに悪影響を与えることが報告されています。それだけではなく、今回の予備的な解析結果からも分かったように、一般の方々の中にも、メンタルヘルス不調や自殺のリスクの高い方がいる可能性があります。我々も今後順次、より詳細な解析結果を発表していく予定ですが、一般住民を対象とした調査から、苦労している方々を早めに特定し、重点的に、経済的、身体的、心理的なサポートを提供していくことが、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長引く中においては、一層重要になってくるものと思われます。

研究担当者一同